ブックレビュー

ブックレビュー ホテルローヤル 桜木紫乃著 一部ネタバレ注意

北海道釧路の湿原を見下ろすラブホテルをめぐる7編の短編集。
ホテルの名は「ホテルローヤル」
個人的には感情移入できないキャラクターばかりなのに、読み終わった後、伏線回収を確認するためにまた読みたくなる不思議な本でした。
そして各章には、その後に続く新たな展開を想像させる余韻が残されていて、そこがこの本の魅力かもしれません。
特に何かを学んだとか、ためになったとかいうことはありませんが、人物に感情移入できないわりには、あまりの哀しさに心動かされた人物もいたので、紹介します。

ホテルローヤル 登場人物たち


第一話はホテルローヤルがすでに廃業し廃屋と化しているところから始まる。第二話以降は、さらに古い時代に遡ってストーリーが展開されていく。

登場人物の誰もがどうしようもなく愚かでみじめだ。
たとえばこんな人たちだ。

  1. 自己中の彼氏に意のままに操られているのに、惚れた弱みかその男から離れられない美幸。廃墟でヌード写真を撮影し、雑誌に投稿したいというの彼氏の願いに応え、美幸は廃屋となったホテルローヤルでヌードモデルをすることになる。男は、美幸が自分の思う通り動けば機嫌よく、そうでなければあからさまにむくれて命令口調になる。過去に負った「挫折」という傷を振りかざして女の同情と愛情を操り、相手が自分に惚れているという弱みにつけこむ典型的なダメ男だ。
  2. 檀家からお布施をもらうかわりに体を差し出す住職の妻、幹子。ある日、相手をしていた檀家の一人から、ある人の遺骨を寺に納めてほしいと依頼される。それはホテルローヤルの元経営者の遺骨で、2度の結婚に失敗し親族もいなくて遺骨の引き取り手がいないのだそうだ。幹子にはホテルローヤルに苦い思い出がある。結婚する前に付き合っていた男の甘い言葉に騙されてホテルローヤルに連れてこられ、眠らされて300万円もの大金を盗られたという悲しい過去だ。幹子は自分に十人並みかそれ以上の容姿があれば騙されることもなかったろうにと自分を哀れむのであった。
  3. なりゆきで親から引き継いだホテルローヤルの経営を担っていた雅代は、ある日3号室で起きた心中事件をきっかけに経営が立ち行かなくなり店じまいすることにした。最後の日、在庫整理のためやってきたアダルトグッズ販売業者の男を誘ってホテルローヤルの3号室で一度限りの関係を持つ。
  4. 本間夫婦は法要のため読経の依頼をしていた住職を墓場で待っていたが、住職がダブルブッキングのため来られなくなったことを知る。生活は決して楽ではない中、妻はその浮いたお布施で夫をラブホテルに誘う。
  5. 妻里沙の長年にわたる不貞を知ってしまった単身赴任中の高校教師、広之。発覚したとき妻は泣いて謝ったが、その後「もう別れたのか?」と問いただすこともできないまま鬱々とした日を送っている。連休初日に赴任先の木古内から札幌の自宅にサプライズ帰宅してみたところ、自宅マンションの前で妻が不倫相手の元校長と腕を組んで中に入っていくところを目撃してしまう。男は家に帰ることもできず、たまたま居合わせてついてきた教え子の女子高生まりあと釧路行きの特急に乗る。
  6. ラブホテルで朝から晩まで働く還暦のミコ。10歳下の夫は何かと理由をつけて働かないので、夫婦はミコのわずかな収入で貧しい暮らしをしている。ある日、唯一連絡をくれる親孝行の次男が、殺人を犯して逮捕されたことをニュースで知る。左官職人として真面目に働いているとばかり思っていた次男が?暴力団の組員になっていた?そんなことミコには信じられない。その日深夜に仕事が終わると、ミコはまっすぐに帰ることができず、林の中に入り切り株に座り、凍えて動けなくなるほど星を眺め続けていた。
  7. しがない看板屋の青木大吉。いつも一旗狙っていた大吉は、建築会社とリース会社の口車に乗せられてラブホテルの経営を始めようと決心し契約を結ぶ。そのせいで妻は家を出て行ってしまった。折しも愛人のるり子から妊娠を告げられた大吉は、つわりのお見舞いに季節外れの高級みかんを買う。木箱に入ったみかんには「ローヤル」というシールが貼ってあった。それを見た看板屋はホテルの名前を「ホテルローヤル」と決め、るり子と籍を入れて一緒に経営することにした。

ソフィーには感情移入できないこれらの登場人物達が、現実にありそうでなさそうな状況に巻き込まれながら日々を送っています。
本当にこんなことがあるなら、その人たちの人生は本当に悲惨としかいえません。
けれど、彼らは淡々とその状況を受入れて生きていきます。
読んでいるうちに、人生ってそんなものなのかもな、とすら思ってくるから不思議です。

とはいえ、心揺さぶられた登場人物

感情移入はできないけれど、あまりの哀しさにソフィー的に心が揺さぶられた登場人物が二人いたので紹介します。

妻の不貞に悩む高校教師

一人は妻里沙の不貞に悩む高校教師の広之。里沙は広之と出会う前から広之の上司である校長と不倫をしていた。
里沙は校長の教え子だった。しかも広之に里沙を紹介したのはその校長だった。
自分と結婚しても関係を続けていたのだが、不倫していたこともそれが続いていたことも結婚して5年たつまで知らなかった。
広之は単身赴任中の木古内から、札幌の自宅に連休初日に連絡せずに帰ってみようと思い立ち特急に乗った。
するとその列車に教え子の女子高生まりあが乗って来た。
聞くとまりあの母親は父の弟と駆け落ちして行方不明となり、父親には弟の借金が残された。
ある日まりあが学校から帰ってみると父親も蒸発していて、家には誰もいないしお金もない状態になっていた。
ホームレスになってしまったのだ。
そんな悲惨な状況にある教え子が、札幌に帰る広之に付いてきてしまった。
ところが広之は妻が不倫相手と自宅に入っていくのを目撃して、家に入れなくなってしまう。
行き場を失った広之は、しかたなくまりあと東を目指し、釧路行きの切符を買う。
話はここで終わるのだが、『えっち屋』の章でホテルローヤルを経営をしていた雅代が発見した3号室の心中事件はこの二人が起こしたものだったことがここまで読んでわかる。
『えっち屋』では雅代が女子高生と担任教師がラブホテルで手をつないで心中していたのを見つけたと描写されていたが、それを読んだときには、許されぬ恋に行き場を失った末のことだ誰もが思う。
しかし、実際にはこの二人の間には何の恋愛感情もなかったことがこの章でわかるし、恐らく体の関係すらないままだったと思う。
だって広之は美しい里沙のことをとても愛していたし、教養のない不潔な教え子のことは何とも思っていなかった。
あったのは、お互いのみじめな境遇への哀れみと共感だっただろう。なんて悲しい話だろう。

ソフィーは、愛してほしい人から愛してもらえない悲しみ、自分は愛されるべき立場にあるのに、相手の心が自分の物にならない悲しみに共感できます。

ホテルローヤルの従業員 ミコ

もう一人はホテルローヤルの従業員、ミコ。
子供のころから貧しく、夫が働かないから結婚してからも貧しい。
若いころから働きづめの人生だった。子供たちは自立したが家に寄り付きもしなくなってしまった。
同僚からは「ミコちゃん、なんでいっつもそうやってニコニコしてられるの」と聞かれる。
しかし、ニコニコしているつもりもないが、苦労しているとも思わない。
「苦労人という言葉が自分を包んでいることは知っているが、何が苦労なのかはわからない。黙々と働くことが苦労なのか、働かない亭主がいることが苦労なのか」と思っている。
これまでには貧しさゆえに蔑まれたり憐れまれたりすることもあったが、ミコは誰のことも悪く思うことなく、母が残した教えを守って淡々と働く。
それは『誰も恨まず生きてけや』『なにがあっても働け。一生懸命に体動かしてる人間には誰もなにも言わねぇもんだ。聞きたくねえことには耳ふさげ。働いていればよく眠れるし、朝になりゃみんな忘れてる』ということ。
中学卒業と同時に出て行った3人の子供のうち2人からは何年も連絡がないけれど、「うちの子はみんないい子なんだ」と心底信じている。
この前は、次男が給料が上がったからと3万円送ってくれた。
それなのに、その子が殺人で捕まったという報道が流れてる。
信じられない。
だけど、ミコはその日も普通に働いた。働かなければ生きていけないから。
これまでだってどんな大変なことがあっても働き続けた。働かなければ生きていけないから。

レベルは違うけれど、ソフィーは人が思い通りにならないもどかしさ、貧しい生活に甘んじなければならない境遇、そのために受ける蔑みや憐れみを知っています。
だからミコの状況と起こった出来事の哀しさに、そしてそれに対するミコの受け止め方のけな気さに涙を流しました。

まとめ

『ホテルローヤル』、いかがだったでしょうか。
人って意識していなくても潜在的に気にしていることや、トラウマになっていることに過敏に反応すると言われています。
だから、ソフィーが登場人物の高校教師やミコに揺さぶられたのは、彼らの置かれている境遇や、彼らが味わっている感情と自分の中のトラウマや惨めだった思いが共鳴しているのだと思います。

-ブックレビュー